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三浦大知の嫁はあゆみでない!井原市?親は三浦友和?子供時代画像も!

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歌手で歌声だけでなくダンスも最高にヤバい!と2017年にブレイクした三浦大知!

 

三浦大知の両親はだれ?

お嫁さんは美人さん!

 

三浦大知について詳しくまとめましたのでご覧ください♪♪

プロフィール

名前 三浦大知(みうらだいち)

生年月日 1987年8月24日(30歳)

出身地 沖縄県

血液型 AB型

身長 175cm

職業 歌手、ダンサー、振付師

活動期間 1997年

事務所 ライジングプロダクション

 

三浦大知は9歳の頃、『Folder』(フォルダ)のメインボーカル”DAICHI”として歌手デビューを果たしました!

しかし、12歳で芸能活動を休止・・。

 

三浦大知がソロとしてブレイクしたのは2017年30歳のことでした!

  • 2017年の自身初オリコン1位獲得。
  • コンサートチケット1分で完売。
  • 『レコード大賞』『紅白』出場。

数々の有名人にも評価を得ている三浦大知!

  • 星野源『度肝を抜かれました!』
  • 笑福亭鶴瓶『グラミー賞、日本人で1番あり得る!』
  • 内村航平『歌・ダンスの2つが完璧に合わさっている!』
  • マツコデラックス『20年前からハマってる!』
  • シットキングス『このレベルで踊れるのは三浦大知しかいない!』

 

三浦大知曰く、

気合いで歌いながら踊っている

とのこと!

また、

ハンドマイクを口元から離して、息が上がっていることが分からないようにしている

ともコメントしていましたww

 

 

お嫁さんの名前や顔画像は?

三浦大知は2015年1月に一般女性と結婚しています!

 

そして、三浦大知は二児のパパでもあるんです!

  • 2016.12.9 第1子 (長男)
  • 2019.10.8 第2子 (性別不明)

 

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私事ではございますが、この度かねてよりお付き合いしておりました一般女性の方と結婚、入籍をさせて頂きました事を謹んで御報告致します。お相手はいつも温かく穏やかな心の持ち主で、常に思いやりをもって支えてくれる素敵な方です。 これからも音楽、エンターテイメントを通して応援してくださる方々や、支えていただいている皆様に少しでも恩返しが出来ますよう、今まで以上に精進して参ります。まだまだ未熟者ではございますがこれからも宜しくお願い致します。 三浦大知 #daichimiura

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↓三浦大知のお嫁さんはどんな人?

  • 社長の娘さん。
  • 2つ年下。
  • 岡山県井原市出身?
  • 北川景子似の美人さん。
  • 名前は噂の”あゆみ”さんではない。

”あゆみ”さんは三浦大知のボイストレーナーの名前だそうです・・!

 

↓三浦大知とお嫁さんの慣れそめは?

  • 食事会で社長が娘さんを紹介こと。出会った時から優しさを感じられる女性だった。
  • ソロ活動してから交際。
  • 交際1年で入籍。

優しさ感じただなんてステキな出会いですね・・♡

幸せそうな家庭を想像してしまいます・・♡

 

 

両親はどんな人?

まず、三浦大知の両親は三浦友和と山口百恵ではありません

苗字が同じなだけですね!

父親はどんな人?

三浦大知の父親は自衛官

父親の職業柄、沖縄県・広島県・神奈川県に移住していた時期もあったそうです!

母親はどんな人?

三浦大知が幼稚園の5歳の頃、母親の前で突然歌い出したそう。

テレビで流れていた演歌をすぐに覚えアカペラで歌い始めた三浦大知。

 

お母さんは音程がしっかり取れていることに驚き、親ながら『この子は天才なのではないか』と感じたのだそうです!

 

そこで、三浦大知のお母さんは、近所の歌ダンスのレッスンスクールに三浦大知を連れて行ったそう!

その事務所は『SPEED』が所属していたスクールでした!

 

三浦大知がデビューを果たしたきっかけは母親だったのですね!

 

 

祖父母からの言葉

2017年大晦日、三浦大知は『紅白歌合戦』に初出場を果たしました。

現在、鹿児島県に住んでいる三浦大知のおじいちゃんとおばあちゃんは、

『子供も孫もみんな家に集まるので、紅白を見るためにテレビ2台用意した』

とコメント!

 

父方の祖母である三浦アキさん(2018年当時84歳)は、このように音楽について語っています。

『1945年の沖縄戦。当時11歳。沖永良部島。

鍾乳洞に逃げ込み助かった。島は空襲で焼け野原に。数ヶ月鍾乳洞で生活を送った。空腹との戦いだった。

しかし、辛かったのはそれだけではなかった。子供たちが連れてこられたのは、集団自決するための洞窟。自ら死を選ぶことが美徳であるという教えを受けさせられた。

兵隊の元で、当時小学4年生でタケヤリの訓練もさせられた。生きる希望を失いかけていた。

そんな時、救われた出来事があった。兵隊たちが子供たちのために歌を歌ってくれた。

『とてもかわいい三浦さん〜♪♪』と、子供一人一人の名前を入れて歌ってくれたことが嬉しかった。

それから、辛い時は子供たちみんなで歌った。終戦まで生きる大きな支えになった』

 

三浦大知は、その話を祖母から聞いた時に、

『自分も音楽でできることがあるのかなと思った』

と感じたのだそうです。

 

祖母は、現在劇団を結成し、島中を回って踊りや歌を披露し、島を活気づけているのだそうです。

 

祖父は、

『だから大知も歌がうまいんじゃないかな?』

と語っています。

 

三浦大知は歌をうたうべくして生まれてきたと言っても過言でないように思います。

 

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